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藤林クリニック 内科・小児科・心療内科・泌尿器科






ごあいさつ

私はこの4月に野崎で開業しました藤林 保と申します。
私はこの野崎の地で36年間、地域の医療の充実のために生活してきました。
私の医師人生のすべてをかけてやってきました。地域に信頼される病院として野崎病院は発展してきました。私が3年前に定年退職後、野崎病院がどのように変わったかは皆さんのご存じのとおりです。
退職後、私は4つの病院に勤務しました。そこで目にしたものは、私が追い求めていた「地域医療」とはかけ離れた実態でした。患者さんのこと、地域の安心、職員の気持ちなど2の次で、目先のお金が優先される病院ばかりでした。やるせない気持ちが募り、野崎の患者さんの大変さを耳にするたびに心が痛みました。
その思いを解決する方法は野崎での開業でした。目的は「野崎の主治医」となることです。野崎での行き場のない患者さんの良き相談相手になりたいと思っています。
又、「畳の上で人生を終える」地域としての体制作りをやりたいと思っています。医療制度が高齢者社会を歪めています。その枠にとらわれず、高齢者社会のありようを探りたいところです。
私はここで命尽きるまで地域の安心のために尽力します。

藤林保 院長

藤林 保 院長

事務長のごあいさつ

始めまして、私は藤林クリニックの事務長でございます。今年4月10日に開院致しました。
まず藤林院長のご紹介をさせていただきます。

医師になった動機
院長は、小学生5年生の時、家族全員で夏休みに、海水浴にいきました。兄は中学2年生。兄は泳いでいるうちに、溺れてしまいました。引き上げたが、なくなりました。
院長は走り回り、「お医者さんいませんか」と探しました。院長は医師になり、人を救いたいと決心しました。大工の息子が医師になりました。

院内の雰囲気
院長は大阪大学時代、ワンゲルクラブで、山登りが趣味でした。院内はグリーンと白にしました。山の緑にと。専門家は見て、驚きました。
「狭そうな場所なのに、診察室が広い。入り口も、待合室も、車椅子が通れる。駐車場付きで、診察までがバリアフリー。明るく、空気が綺麗で、爽やかさを感じます。」と。

院長は、早く病気を直してあげたい。早く苦しみを楽にしてあげたいと努力します。私は、白衣を着た院長に向かうと、素晴らしいオーラを感じます。院長を尊敬し、皆様方に満足していただけるように、影ながら、いい環境を作るよう努めてまいります。宜しく、お願いいたします。

スタッフの皆さんのご紹介

スタッフ 皆さんのご協力
開院の為の必要な制服や色々な物品もスタッフの方々が、準備してくれました。センスいいです。藤林クリニックが、もっと良い医療ができるように、又、さらに、患者様が喜ばれるような環境作りも、話し合ってやってくれています。掃除は、掃除機をかけてから、全体の拭き掃除をまめにしてくれているので、大変衛生的です。何時も明るく、笑顔で、何方にも親切でやさしいです。皆様から褒めて頂いています。私は藤林クリニックの中にいると、癒され、ホットしています。
藤林クリニックは、癒やしのスポットです。

藤林 保夫人 見かけによらないテンダードクター

主人を知っていらっしゃる方でしたらよくご存じだと思いますが、冠婚葬祭以外、主人は背広というものをほとんど着ません。冬はセーター、夏はポロシャツという極めてカジュアルなスタイルで一年中通します。病院では白衣に着がえ、足元といえば素足にサンダル。冬はさすがに靴下を履きますけれど。おまけに財布が嫌いなので、ポケットには数枚の裸のお札と小銭を入れています。その格好で学会でも何でも出かけてしまいます。
以前、老人医療についてテレビに出演した時も、もちろんそのスタイルでテレビ局に出かけていきました。その時はどうしても靴を履くように懇願され、テレビ局の方からお借りして事なきを得たようです。主人は、上半身しか映らないのに靴をはくのだネとのんびりしたことを申しておりました。
このような、本当にマイペースな主人ですが、また違った一面を少しは紹介できたらと、思いつくことを書いてみたいと思います。


主人と私の出会い
主人と私の出会いは主人が阪大医学部の6回生、私がスチュワーデスになったばかりの頃でした。もう20年以上前になります。間に立って紹介してくださる方がいて、男女5名ずつ総勢10人のグループ交際としてスタートしました。
主人と私がカップルになったのは、なんと一番最初に背の高さから組み合わせが決められたからなのです。主人は180センチを超える長身、私も165センチありましたので。
結婚まで5年ほどお付き合いしていた期間がありましたが、会ったのは年に数回という年もありました。主人は昔から緊急医療に関心があり、救急病院に勤務しておりましたし、私もフライトの関係でお互いになかなか時間が取れませんでした。船医として通算1年余り航海に出ていたこともあります。1回の航海が半年余り、船上で盲腸の手術をしたこともあったそうです。
そんな私たちが結婚することになったのもご縁というしかありません。主人は阪大時代にワンダーフォーゲル部に所属していました。初めて会った時、まさに山男といった感じで、その頃のあだ名が「ポパイ」でした。私も中学時代、陸上競技に夢中になっていた頃、「オリーブ」と友人に呼ばれていました。単なる偶然と笑われてしまいそうですが、やはり不思議な偶然です。


医者を志した悲しい思い出
主人が小学校6年生、主人の兄が中学2年生の夏でした。
海水浴が恒例になっており、この夏も家族で近くの海に泳ぎに行きましたが、そこで思いがけない不幸な出来事が起こりました。
主人の兄が溺れてしまったのです。偶然居合わせた人たちに海から引き上げられ、砂浜に横たえられた兄はそれはもう青ざめた顔で、その姿が今でも主人の眼に焼き付いているそうです。水を吐かせたり身体を揺すったり、義父もできる限りのこと、思い付く限りのことはしましたが、今のように人工呼吸法とか救命に関する情報も一般的でなく、知識もありません。結局為す術もなく、救助隊が到着する前に兄は亡くなりました。もし、医者がこの海水浴場にいてくれたならと思ったそうです。
この体験は、主人にとって本当に辛いものだったのです。兄を失うということは言うまでもなく大変悲しい出来事ですが、それが自分の目の前で起こったということは、12歳の少年にとって辛すぎることです。悲しみ、喪失感、絶望感、無力感、そして生命への恐怖。随分長い間、主人は苦しんだようです。
その苦悩の末、やっと、それに打ち勝つ目標を主人は見つけました。医者になって兄のような人を助けるんだ、という目標です。
この話をお付き合いしている時に主人と義母から聞いたときには、素直に感動してしまいました。主人は昔からあまり感情を表に出すほうではありませんでしたが、冷静な・・・ときには冷たく見えるほど・・・表情の陰にこんな熱い想いがあったとは、主人の隠された一面を垣間見た気がいたしました。この初心を今も保ちつづけているからこそ、あんなに患者さんに一生懸命になれるのでしょう。
飛行機で患者さんを助けたことや、釣りに行ったとき釣り針の刺さった人の針を抜いてあげたりしたことがあるという話を聞かされたこともあります。いつでも役立つように、外科も内科も診察できるように勉強したそうです。


家庭での主人
主人の好きなものを挙げてみると、お風呂、お漬物、お味噌汁、日本茶と、いたってシンプルなものばかりです。贅沢とは無縁な人で、それは先に申し上げました服装の趣味にもよくあらわれています。苦しんでいる方からいただいたお金(治療費)なのだから贅沢をすべきではない、というのが主人の考えです。それを人に押し付けるというのではなく、自分自身が黙って実践するところが尊敬できるところだと思っています。
家庭のことは100%私に任せていますが、主人自身も多忙ながら良き父であるよう努力してくれていると思います。もちろん毎日病院に行きますので、家族旅行などといったことは無縁で、できる範囲でですが、子どもの勉強をみてくれます。
私の一番の仕事は、家族の健康管理だと思っています。主人に家に帰ってまで医者はさせたくありませんし、家族の健康も守れない者に医師としての資格はない、患者さんに信頼されないのではないかと思うからです。
そして我が家の子どもが、父親を尊敬している点は、人の悪口は言わない、仕事の愚痴を言わないというところにあるようです。子どもの生活を中心にし、話をするときは、決して文句めいたことは言わず、いつもほめることだけです。


地域の医療を目指して
おそらく、どちらの先生もそうだと思いますが、主人も365日毎日病院に行きます。夫というものは、元気に仕事に行っていて、家にあまりいないものだと、自分で言っております。
特に日曜日は透析を受けている患者さんが多く来院していますので、必ず様子を見に行っています。一人でも多くの患者さんに声をかけて話を聞き、その様子を診る、というのが主人の臨床医としての姿勢なのでしょう。
これも当然のことなのでしょうが、主人はとにかく患者さんの話を聞くのが上手です。私生活でも大変な聞き上手。私はどちらかというとよく話す方ですので、いろいろな面で対照的な夫婦といえるかもしれません。
また、病院では絶対に「おじいちゃん」、「おばあちゃん」という呼び方はせず、必ず個人名で呼ぶようにしているそうです。看護婦さんがついうっかりそう呼びかけているのを聞き、後で名指しではなく全体的な話としてやんわり注意することもあるそうです。
ただ熱心すぎて、時には患者さんを怒ることもあるようです。要領よく、相手に好かれたいという気持ちを少しは持ってくれたらとも思うのですが、アル中の人がお酒を飲んだり、喘息の人がタバコを減らさなかったり、薬を切らしたままにして症状が重くなってから外来に来たりすると、患者さんの言い訳に同情せず、「あなたはご自分の体と内職と一体どちらが大切なのですか。もっと医者任せにせず体を大切にしてくださいよ」などと怒っているようです。
病院の近くに住んでおりますので、バッタリ出逢った時に、患者さんに声をかけていただけるような医者、常に地元の方々と密着した医療を目指している主人です。

最後になってしまいましたが、実は私の名前を出すことを控えさせていただきたいという、お願いをいたしました。主人の公の顔である「徳洲会野崎病院院長」に対しては私個人ではなく、藤林の妻という立場でお話したいと思ったからです。それならばこのような場に出る必要もないのでは、というお叱りをいただくかもしれません。
主人は寡黙な人で、誤解されやすいのではと、日ごろから少々歯がゆく思っておりました。本人はまったく意に介さず、いたって平気のようですが。でも、妻としてはもう少し、主人の違った面も知っていただきたく、またそれも妻の役目と勝手に解釈いたしました。
この原稿のご依頼をいただきましたときに、このような私の気持ちを申し上げましたところ、意外にも快諾していただきました。ですから、迷いながらもお受けさせていただいた次第です。もう一言付け加えさせていただきますと、私の目から見まして、主人は本当に真摯に医療に取り組んでいる人です。もし医師の方や、看護婦さんや、医療に従事している方で、仕事への行き詰まりを感じているような方がいらっしゃるようでしたら、大阪の野崎病院の主人に気軽に声をかけてみてください。医療を志した者同士として、共に悩み、その志を互いに確認し合えることを主人もきっと喜ぶことと思います。
つたないことをあれこれと並べ立てましたが、お読みいただきましたことを深く感謝させていただきながら筆を置かせていただきます。ありがとうございました。






クリニックについて

クリニック概要

名称 藤林クリニック
院長 藤林 保
所在地 〒574-0016
大阪府大東市南津の辺町22-16
電話番号 072-813-7118
24時間電話対応しています
診療科目 内科・小児科・心療内科・泌尿器科
認知症・頻尿も対応いたします

診療時間

 
午前
8:00〜12:00
往診
夕方
17:00〜19:00

診療内容

内科 慢性疾患(糖尿病、高血圧、高脂血症、痛風、呼吸不全、心不全、肝硬変)を中心に診療をします。
小児科 日常でよくかかる急性疾患を扱います。風邪、胃腸炎、熱、咳、喘息など。
心療内科 主に認知症を見ます。うつ病や神経症も扱います。
泌尿器科 高齢者の頻尿や排尿困難を扱います。
訪問診療 在宅での生活を支援します。
在宅医療⇒在宅酸素、経管栄養、中心静脈栄養、人工呼吸、在宅透析。
訪問看護やケアマネと一緒に在宅支援をします。
その他

「後期高齢者医療健康診査」が当院で受信可能です。
受診券を持って受けてください。

「無呼吸症候群」の診断、治療、管理を行います。

「特定健診」を受けています。

大東市の「大腸癌検診」「肝炎ウイルス検査」「住民検診」を受けています。

「禁煙外来」もはじめました。

当院では自立支援医療費(精神通院医療)制度が利用できます。

当院は大手前病院の開放型病床共同利用登録医となっています。入院、精査の時は大手前病院の利用が多くなると思います。

「看護師募集」訪問看護に興味はありませんか。








アクセス

車の方は外環状線 四条畷警察南の高架の側道に入ってください。すぐの左手にございます。
駐車場もクリニック前にあり、2台を駐車できます。ご利用ください。

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〒574-0016 大阪府大東市南津の辺町22-16 TEL:072-813-7118